盾津飛行場跡
大
大正3年に耕地整理され、その後昭和9年、戦争の色が濃くな
なった時、大阪陸軍飛行場となりました。地元では盾津飛行
場と呼び、今の盾津中学絞に格納庫がありました。戦後すぐ
に廃止されました。現在のトラックターミナル付近です。
トラックターミナルは、大規模公共ターミナルとしてわが国
で最初に完成されたものです。第1ターミナ
ルは昭和43年2月から、第2ターミナルは同年
12月から、第3ターミナルは昭和45年2月から
供用されています。312パース、総敷地面積
163.479uという広大な規模を誇り、東大阪
市の産業の発展において、流通システムを円
滑にうながす重要な役割を担っています。
写真は、昭和9年の当時の盾津飛行場格納庫
笹倉光陽氏撮影(写真提供:吉田竹治氏)
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盾津中学校に記念碑があります |
記念碑 |
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