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リクエストを頂いた中から今回は、駅名表示のある風景パートUです。
駅名表示板を意識せず、駅舎等の建物をメインにしようかとも考えました。
それは98年7月に訪れた呉線・小屋浦の
旧駅舎も、
1年後はリニューアルされています。
そんな気持ちも働いて、今回の選択となりました。トップ写真は、昭和46年の秋が
最後となった胆振線の南京極駅です。私は昭和46年6月に訪れ、駅長さんが
「あと3ヶ月でこの駅も・・・」と話されていたのが印象に残っています。
たかもり高森線・高森(たかもり)・昭和47年10月(1972/10)C12
現在では南阿蘇鉄道ですが、SL「あそBOY」でこんな感じの写真を見たことがあります。
もちろん高森でもなく、機関車も客車も違いますが、阿蘇の山々をはじめ、自然は昔も今も変わりはないと思います。
(画像をクリックすると大きな画像になります)
ちくぜん うえき筑豊本線・筑前植木(ちくぜん うえき)・昭和45年1月(1970/01)
昭和45年頃は「改札は木製」と自分勝手に決めていて、この写真を見てちょっとびっくり。
勝手な思い込みですが明日萌の雰囲気をご覧下さい。
しなの しらとり飯山線・信濃白鳥(しなの しらとり)・昭和46年10月(1971/10)C11
日本は南北に長い国ですから、北へ行けば早くその季節が体験できます。
春に飯山を訪れた時に体験したのですが、長野で「お花見」そして飯山線を
ゴトゴトと2時間も乗れば、桃の花から梅の花へと景色が変わりました。
高低差があるんですね。
な ら い中央本線・奈良井(ならい)・昭和46年10月(1971/10)
何の行事かは忘れましたが、D51のイベント列車が発車した直後のホームです。
テレビカメラの取材もあって、中山道・奈良井の駅は、ひと・ヒト・人で一杯でした。
駅員さんもシャッターを頼まれて・・・
じょうもん しんごうじょう石北本線・常紋信号場(じょうもん しんごうじょう)・昭和46年1月(1971/01)
常紋信号場は生田原ー金華の間で、その昔蒸気機関車にとっては急勾配の難所でした。
当然ながら撮影する側からは、けむりモクモクの絶好のポイントで、私も何度か訪れました。
99年7月に列車で通過した時に、信号場の姿を探しました。
見覚えのある風景はなく昔、信号場の建物のあった場所にスレートの大きな屋根が見えるだけです。
車掌さんに聞くと“いまでも1日に1回ぐらいだけれど、信号場は現役で、あのスレートは雪かきが出来ないので屋根をつけた”と。
そこで、つい30年前の信号場の写真を見たくなりました。
写真は、特急「おおとり」です。
かぶと関西本線・加太(かぶと)・昭和46年5月(1971/05)D51
大阪に住む私にとって、関西線は庭みたいなもんで、良く通いました。
通過待ちをする貨車が入線し、タブレットを受け取った瞬間です。
かめやま関西本線・亀山(かめやま)・昭和48年4月(1973/04)D51
今まで1度もプリントした事のない写真です。
おそらく「駅名表示のある・・」の企画をしなければ、陽の目を見ない作品だったと思います。
なんかゴチャゴチャしていますが、駅の風景としてご覧下さい。
Photo:Yoshihiko Kawaguchi |
osaka@slnet.gr.jp
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