C62 2号機の特集です
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C62 2号機の特集です

函館本線・目名―上目名(めなーかみめな)・昭和46月6月(1971/06)C622+C623

このサイトの別カテゴリーで既掲載の作品も混じっていますが、ご了承を。

急行 ニセコ C622+C623
急行 ニセコ C622+C623
急行 ニセコ C622+C623

函館本線・目名―上目名(めなーかみめな)・昭和46月6月(1971/06)C622+C623

昭和20年~30年代に東海道本線や常磐線でC62は、
つばめ・さくら・はと・はやぶさ・はつかり等の国鉄を代表する特急列車を牽引し活躍した。
各線の電化に伴い北海道の地に渡り急行“ニセコ”が最後の雄姿となったのである。

急行 ニセコ C622+C623
急行 ニセコ C622+C623
急行 ニセコ C622+C623

函館本線・目名―上目名(めなーかみめな)・昭和46月6月(1971/06)C622+C623

昭和45年冬に呉線からC6215・C6216が加わり、C62、4両配置での”ニセコ”牽引となる。しかし実際はD51も加わりC62の2号機と3号機の重連はなかなか撮らしてもらえなかった。
この日は、期待通りの撮影だった。

威風堂々
威風堂々
威風堂々

函館本線・上目名(かみめな)・昭和46月6月(1971/06)C622

「威風堂々」がぴったりですね

猛吹雪 C622+C62
猛吹雪 C622+C62
猛吹雪 C622+C62

函館本線・倶知安―小沢(くっちゃんーこざわ)・昭和46月1月(1971/01)C622+C62

この写真を撮ったときは、ご覧の通りの猛吹雪で、人の目には音は聞こえてもC62の姿は見えませんでした。だいたいでシャッターをきったことを覚えています。

倶知安峠
倶知安峠
倶知安峠

函館本線・倶知安―小沢(くっちゃんーこざわ)・昭和46月1月(1971/01)C622+C62

吹雪で人間の目には見えなくても、ちゃんと写るんです。

上目名(かみめな)
上目名(かみめな)
上目名(かみめな)

函館本線・上目名(かみめな)・昭和46月6月(1971/06)C622


昔(10年以上前)ホームページを立ち上げた時は、フィルムスキャナー何って物は持っていませんでした。
プリントからスキャナーでの取り込みでした。
過去のアップ分も取り込み直そうって思いました。
モノクロとはいえ、本来のトーンがプリントからでは出ていないのが多いです。(機材のセイだけではありませんが)

横顔 C62 2
横顔 C62 2
横顔 C62 2

函館本線・上目名(かみめな)・昭和46月6月(1971/06)C622


今回、フィルムスキャナーで結構多く(70コマほど)取り込みました。
もう1点ショックだったのは、ピントのあまい作品があった事。
これも、機材のセイではありません。
「もう撮れない」って想い・・・それでのショックかもしれませんが。

通勤列車 C62 2
通勤列車 C62 2
通勤列車 C62 2

函館本線・大沼―大沼公園(おおぬまーおおぬまこうえん)・昭和45月1月(1970/01)C622

通勤列車です。

CAB C62 2
CAB C62 2
CAB C62 2

函館本線 仁木(にき)・昭和47月2月(1972/02)C622


ピントがあまい、言い訳でなく・・当時を思い出しました。
吹雪の中・・足場は、三脚が固定しにくい。
吹雪の中でレンズの防護をして・・・指はかじかんで、鼻の中は凍って気持ちが悪い。でも「好き」だったんです。
真冬の北海道・・・時間とお金が出来れば、いつでも行きたかった。

夏の倶知安
夏の倶知安
夏の倶知安

函館本線・倶知安―小沢(くっちゃんーこざわ)・昭和46月5月(1971/05)D51 70+C62 2


昭和40年代の正月休みは、北海道か九州で過ごしました。
学生から社会へ
学生時代は、いくらアルバイトをしても「暇はあるけど、お金が」
働き出してからは逆になりました。でもなかったかも(笑)

仁木(にき)
仁木(にき)
仁木(にき)

函館本線 仁木(にき)・昭和47月2月(1972/02)C622


就職してからも正月休みは北海道か九州にいました。
今では思い出ですが、1月5日には職場にいませんでした。
成人式(昔は1月15日)ぐらいまで出勤しませんでした。
当時は旅費を考えて、1度遠征すると帰りたくなかったって思ってましたが、今考えるとやっぱり「好き」だったのだと思います。

倶知安
倶知安
倶知安

函館本線・倶知安―小沢(くっちゃんーこざわ)・昭和46月1月(1971/01)C62 16+C62 2


写真を取り込みながら思い出していました。
撮影時の状況もさることながら当時の上司や同僚の顔が思い出されました。随分と「のどか、いや恵まれた環境」だったと感謝します。
もう35年も前の話ですが、きっかけさえあれば、鮮明に蘇るものだと驚きました。
C62のジェット機のような通過音、煙のにおいまでも・・・

C62 16+C62 2
C62 16+C62 2
C62 16+C62 2

函館本線・倶知安―小沢(くっちゃんーこざわ)・昭和46月1月(1971/01)C62 16+C62 2


このショットの前の機関車が「C6216」です。
前記の通り、昭和45年冬に呉線からC6215・C6216が北海道に渡り、C62、4両配置となった1両です。
呉線にC62がいた間は、呉線にも通いました。
機関車の撮影を始めた頃は、何故か大型機関車の迫力を追っていました。

走り去って
走り去って
走り去って

函館本線・倶知安―小沢(くっちゃんーこざわ)・昭和46月1月(1971/01)C62 16+C62 2


学生だったので旅費を考えると、呉の方が大阪から近かったという事です。
「愛着」って言いますか、「会えるかな」って期待しての北海道でした。

仁木(にき)
仁木(にき)
仁木(にき)

函館本線 仁木(にき)・昭和47月2月(1972/02)C622


今回、写真をパソコンに取り込みながらネガの整理ができていない事を痛感しました。
過去に何回か写真展をしたましたが、その時も同じ事を思いました。
「あのショットがない」「カラーのフィルムケースがない」・・・箱ごとない事はなく、片付けた場所を思い出せないだけなのですが・・・

重連発車
重連発車
重連発車

函館本線 仁木(にき)・昭和47月2月(1972/02)C622


また、1度もプリントした事がないネガも結構あるなって思いました。
時間をつくって「宝探し」の感覚で、パソコンに取り込みたいものです。
シャッターを押していながら、1度も見たことのない写真・・・1コマずつチェックしながらワクワクしそうです。
まず、時間を作る事ですね。

大沼公園
大沼公園
大沼公園

函館本線・大沼―大沼公園(おおぬまーおおぬまこうえん)・昭和45月1月(1970/01)C622


今回は、「いい日旅立ち」を聴きながら、「Discover Japan 北海道2」を作成しようと思い立ちました。
写真を選別しながら、「現役 C62 2号機」に変わりました。

軽やかに!!
軽やかに!!
軽やかに!!

函館本線・二股―蕨岱(ふたまたーわらびたい)・昭和46月5月(1971/05)C622+C62


そして、過去にプリントから取り込んだ「硬調」の分を取り込みなおそうと・・
忙しさの中でいつになるか断言できませんが、「宝探し」的感覚で整理していこうと思います。

おおきに!!

スワローマーク
スワローマーク
スワローマーク

函館本線でニセコを牽引するのは、C622のみではないが、スワローマークの由来について説明します。
C622(昭和23.5.29新製)にのみ取り付けられた除煙板の“つばめ”のマークは、昭和26年の修繕の際に新設されたもので、東海道線における特急“つばめ”牽引は一段と栄えあるものであった。京都電化によって、昭和31.9.12に特別休車となったC622は、昭和32.1.20鷹取工場で新製ボイラーを乗せ北海道へ渡ったが、この時“つばめ”のマークを取り外すかどうか議論されたが、

製造銘板 C62 2
製造銘板 C62 2
製造銘板 C62 2

結局“つばめ”を引くという意味ではなく国鉄のシンボルマークと解する結論でそのまま取り付けておく事になったのである。
大きな使命を果たしたC62は、C621・C622が梅小路、C623は北海道苗穂、C6217は名古屋市東山動物園、C6226が大阪の交通科学館で保存されている。

国鉄史上最後に登場したC62は、まさに蒸気機関車の最後を飾るにふさわしい花形役者であった。

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