人々と共に

地図

      現代では移動方法も多様化しましたが、昭和40年代の鉄道は人々の節目の記憶として鮮明に焼付いているのではないでしょうか。
通勤・通学はもちろん集団就職、結婚、帰省、家族の不幸、そして楽しい旅行にいつも鉄道がいっしょでした。日本各地で蒸気機関車といっしょに出会った人々のスナップです。
タイトル写真は北海道・大夕張鉄道・昭和48年7月(1973/7)の一コマです。

人々と共に
人々と共に

SL撮影のお嬢さん
SL撮影のお嬢さん
SL撮影のお嬢さん

大井川鉄道・千頭(せんず)・昭和49年10月(1974/10)

一眼レフを持ち、足元に大型の三脚が見える。 誰を手招きしているんでしょう?
「僕かな?」、「そんな訳ないか!」
昭和49年はSLブームの最後で撮影人口は多かったが、女性はあまり見かけませんでした。

ラッシュアワー
ラッシュアワー
ラッシュアワー

筑豊本線・筑前植木・昭和45年1月(1970/1)C57

朝の通勤・通学の時間帯です。ホームと客車の段差がお年寄りにはきつそう。
ホーム手前のリヤカーも今では見られなくなりました。

恋人達はいま
恋人達はいま
恋人達はいま

筑豊本線・直方(のおがた)・昭和44年1月(1969/1)C11

“列車通学”それも蒸気機関車で。毎日だと楽しくも無いのでしょうが、私は「いいなぁー」 と思った事を思い出します。 時の流れが、ゆったりとしていて何か憧れを持っていたのかもしれません。

「ほら坊、ポッポ」
「ほら坊、ポッポ」
「ほら坊、ポッポ」

飯山線・飯山・昭和46年11月(1971/11)C56

孫に機関車を見せるため霜の降り始めた早朝の寒さの中を・・・
朝日に眩しいC56は写真に写らないほど黒光りしていました。

筑前植木駅
筑前植木駅
筑前植木駅

筑豊本線・筑前植木・昭和45年1月(1970/1)

瓦葺き、正面に真っ赤なポスト(おじさんで隠れている)こんな駅舎ばかりでした。
ここに写っている学生さんも、このぐらいの子供のいる歳になっていますね。 時代を感じます。

改札会議
改札会議
改札会議

伊田線・金田・昭和44年1月(1969/1)

何を喋っているのかはこちら側のホームからでは聞こえませんが 挨拶だけではないようです。

「なんやろ?」
「なんやろ?」
「なんやろ?」

筑豊本線・・昭和45年1月(1970/1)C55

機関士が降りてきて機関車の前に廻り込んだ時、私は「なんやろ?」と思い、次の瞬間カメラを 構えました。 それと同時に近くにいた子供がパッと走って見に行きました。 私と同じく「なんやろ?」と思ったようです。
結果は何でもなかったようですが。

宮田線・筑前宮田・昭和45年1月(1970/1)C11

ホームには雪が残り凍りついている。発車時間だが最後の乗客に「あわてたらすべるぞー」と声をかける機関士さん。 彼女が無事乗って“ポーォ”と汽笛を残して・・・

車内風景
車内風景
車内風景

函館本線・比羅夫ー倶知安・昭和46年6月(1971/6)

別のページにも車内風景はありますが、木の座席、90度、コールタールの臭い(木の床に塗ってある)、鋳物の受けに本当の網の網棚、 こんな車内だったんですね。リクライニング・・とんでもない。

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