急行「ニセコ」

昭和20年~30年代に東海道本線や常磐線でC62は、
つばめ・さくら・はと・はやぶさ・はつかり等の国鉄を代表する特急列車を牽引し活躍した。
各線の電化に伴い北海道の地に渡り急行“ニセコ”が最後の雄姿となったのである。

急行「ニセコ」
急行「ニセコ」

つばめ驀進
つばめ驀進
つばめ驀進

函館本線・倶知安―小沢・昭和46年1月(1971/1)C62
この写真を撮ったときは、ご覧の通りの猛吹雪で、人の目には音は聞こえてもC62の姿は見えませんでした。 だいたいでシャッターをきったことを覚えています。

C622+C623
C622+C623
C622+C623

函館本線・目名―上目名・昭和46年6月(1971/6)C62+C62
昭和45年冬に呉線からC6215・C6216が加わり、C62、4両配置での”ニセコ”牽引となる。しかし実際はD51も加わりC62の2号機と3号機の重連はなかなか撮らしてもらえなかった。

爆音を残して
爆音を残して
爆音を残して

函館本線・倶知安―小沢・昭和46年1月(1971/1)C62+C62
C62重連は、目の前を通り過ぎるときは、蒸気機関車のドラフト音というよりジェット機のような爆音を残して、あっという間に通り過ぎて行く。

通勤列車を引くC622
通勤列車を引くC622
通勤列車を引くC622

函館本線・大沼―大沼公園・昭和45年1月(1970/1)C62
急行だけでなく、通勤列車も引くC622

初夏の陽光のなかを
初夏の陽光のなかを
初夏の陽光のなかを

函館本線・倶知安―小沢・昭和46年5月(1971/5)D51+C62
初夏の陽光のなかをD51 70の先導で峠に挑む。

C62ダブルヘッダー
C62ダブルヘッダー
C62ダブルヘッダー

函館本線・倶知安―小沢・昭和46年1月(1971/1)C62+C62
呉線から加わったC6216の先導で夏とは違い(1枚前の写真)雪の中の『ニセコ』

かろやかに
かろやかに
かろやかに

函館本線・二股―蕨岱・昭和46年5月(1971/5)C62+C62
初夏の風にのって、かろやかに快走する103列車。

スワローマークとボイラー票

函館本線でニセコを牽引するのは、C622のみではないが、スワローマークの由来について説明します。
C622(昭和23.5.29新製)にのみ取り付けられた除煙板の“つばめ”のマークは、 昭和26年の修繕の際に新設されたもので、東海道線における特急“つばめ”牽引は一段と栄えあるものであった。 京都電化によって、昭和31.9.12に特別休車となったC622は、昭和32.1.20鷹取工場で新製ボイラーを乗せ北海道へ渡ったが、 この時“つばめ”のマークを取り外すかどうか議論されたが、 結局“つばめ”を引くという意味ではなく国鉄のシンボルマークと解する結論で そのまま取り付けておく事になったのである。
大きな使命を果たしたC62は、C621・C622が梅小路、C623は北海道苗穂、C6217は名古屋市東山動物園、C6226が大阪の交通科学館で保存されている。

2014年4月6日、大阪の「交通科学博物館」は閉館し、京都 梅小路の京都鉄道博物館に集約されます。

国鉄史上最後に登場したC62は、まさに蒸気機関車の最後を飾るにふさわしい花形役者であった。


スワローマークとボイラー票
スワローマークとボイラー票
スワローマークとボイラー票
スワローマークとボイラー票

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