高原列車

高原列車
高原列車
地図

     『高原列車』と題しました。田植え風景、木造の車内、さらに牧歌的な風景です。
ついこの間まで身近にあった景色が、今は妙に懐かしく、まとめてみました。
タイトルの写真は日高本線の絵笛付近(昭和48年6月)「サラブレッドの郷里にて」です。


高原列車
高原列車
高原列車

小海線・小淵沢ー甲斐小泉・昭和47年5月(1972/5)

風光明媚な小海線は、春・秋の行楽シーズンにはC56牽引のハイカー列車、夏には帰省列車も加わりC56の旅客列車がたくさん見られた。
秋には高原野菜の出荷のため、他の機関区からの応援も加わり野菜列車の花盛りであった。

レンコン畑
レンコン畑
レンコン畑

関西本線・ 加太ー柘植・ 昭和46年5月(1971/5)D51

この写真はチョットいたずらをして、月夜の感じにしました。
蓮根と言えば沼地で育つものと思っていましたが、畑や田んぼでも収穫されます。
特に田んぼに植えられたものを「田蓮」または「作り蓮」と言います。
土手の刈り込みの模様も、当時のゆったりとした時の流れの中の「ゆとり」を感じます。

りんご畑の夜明け
りんご畑の夜明け
りんご畑の夜明け

飯山線・・・・・昭和46年10月(1971/10)C56

撮影地は定かではありませんが、宿から歩いて20分ぐらいの所でした。
うすぼんやりと東の空がしらみはじめ、足元は夜露に濡れ、少し寒かった事を思い出します。

田植えの頃(餘部鉄橋)
田植えの頃(餘部鉄橋)
田植えの頃(餘部鉄橋)

山陰本線・鎧ー餘部・昭和44年5月(1969/5)D51

小雨煙る寒い中を、餘部の駅から坂道をぐるぐると回りながら鉄橋の真下に降り、上を見れば、高さ=41m、長さ=308mの餘部鉄橋。
田植えの準備はすっかり終わり、「いざ 植えるぞ」という時でした。

スイス?いいえ信州です
スイス?いいえ信州です
スイス?いいえ信州です

小海線・野辺山ー清里・昭和47年5月(1972/5)C56

八ヶ岳をバックに日本ばなれした、いや、もっとも日本らしいのかもしれない景色の中を行くC56。
現在は八ヶ岳と線路の間に道路の橋げたが見えるようです。

車内風景
車内風景
車内風景

函館本線・昆布ーニセコ・昭和45年11月(1970/11)

木の座席、90度、コールタールの臭い(木の床に塗ってある)、鋳物の受けに本当の網の網棚、写真を見るまで忘れていました。

牛車が行く
牛車が行く
牛車が行く

日田彦山線・香春ー伊田・昭和44年12月(1969/12)

”何を運んだのでしょうか” こんな荷車が昭和44年には現役だったんですね。
人と牛の足元遠くに機関車が見えています。

後藤寺名物
後藤寺名物
後藤寺名物

後藤寺線・後藤寺ー船尾・昭和47年10月(1972/10)9600+9600

機関車運用と、ターンテーブル(転車台)の関係ですが、お尻とお尻は後藤寺名物でした。

寒い 早くこないかなぁーー
寒い 早くこないかなぁーー
寒い 早くこないかなぁーー

関西本線・加太・昭和46年3月(1971/3)

長いホームの真ん中にポツンとある加太駅の待合所。
時ならぬ雪に首をすくめて。

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